2021.08.17ブログ

一生懸命だと知恵が出る。中途半端だと愚痴が出る。いい加減だと言い訳が出る。

これは 武田信玄の名言 です。

私は知りませんでした。妻が最近私に(愚痴っぽくなってしたからでしょう)これ目なさい!と言ってLINEを送ってきました。

 

この三つの名言を見たとき、一つ目と三つ目は直ぐになるほどと頷けましたが、肝心の私に向けられたであろう二番目がピンときませんでした。それでの自分に当てはめて見ました。 例えば、昨日お盆も開けて少し雨がやんでいたので最近草刈を委託した知人に草刈の場所を示すつもりでついでに自分でも草刈り機を持参して少し一緒に刈り始めました。長くても午前中の2時間ほどで切り上げて他の現場の確認に行くつもりでした。しかし長い間草刈りをしていなかったのと、榊(サカキ)を農地(ソーラーシェアリング)に植えていたので榊の苗木より草の方が遥かに高く伸びていてなかなか榊が見つからず、思いのほか時間を取られ結局知人と二人がかりで約2反ほどの農地内に伸びた草を刈りました。 盆明けで気持ちの上ではやらなければならないことが山積みでこんなことに時間を取られている自分にイライラしていました。社員にも愚痴っぽい皮肉交じりのメッセージを送りました。

 

少し遅めの昼をして2時ごろにはもう他の現場に行くのも諦めました。今回の現場は最近の当社の状況からすれば最も時間と労力を割く必要のある現場であり、そもそも当初私が考えていたほど簡単には済ませられる仕事量ではありませんでした。 結局、諦めてそこを完全に終わらせることにしました。雨も少し降っていましたし、最近の長雨のせいで草丈も高く場所によっては三つ葉類の草刈刃に絡みつく草もあったりで二人で必死で雨と汗でびしょぬれになりながら頑張りました。やっと夕方の5時ごろにひとまずは片付きました。 一番気になっていた現場でしたので、ひとまずは見た目を綺麗にすることが出来たことに内心喜びが湧いてきました。

午前中の私は他の現場にも行かないといけないのにと「中途半端な計画」に基づき「中途半端な気持ちで」仕事(草刈)をしていましたのでしっかり愚痴っていました。 この辺りで一つ目の名言の話に移りたいと思います。この草刈の経験から引き続き説明しますと、中途半端な時は愚痴っていましたが、腰を据えてやるべきこと(ここでは草刈)を一生懸命でやると、先ずは「愚痴から喜び(達成感)に変わりました。」一生懸命やったら人目も気にならなくなるし、人に解ってもらおうとか評価を受けたいとかは、二の次に変わります。心境が一生懸やった自分への称賛に変わります。 3番目の”いい加減な仕事をする”ことは責任意識のない取り繕った心境ですからくると思われますので、その仕事がうまくいかなかった場合でも言い訳が出てしまう。即ち、「ごまかしたような仕事をする人は、その結果においても状況が悪くなればごまかして逃げようとし、言い訳をいうことになる」ということだと思います。

 

最後に、「一生懸命だと知恵が出る」ということを経験された方も多いともいます。 私は昨年に11月初旬に白山2702mに登った時に10月末で山小屋の経営は終わっていましたが、避難小屋として入り口ドアーは空いているとの事前情報でしたので寝袋だけでテントは持っていませんでした。 あいにく日本列島が寒気に覆われた時で中腹から雪が降りだしました。おまけに今となっては大いに反省しているのですが、普段の荷物の3倍以上のリュックを背負っていたのと白山を甘く見てしまい出発が午後になっていましたので、重い荷物による疲れと吹雪に見舞われ既に5時半ぐらいには暗かったので目的地である室堂(宿泊予定ロッジ)に到着したのが夜の7時。2時間半を真っ暗で猛吹雪の中を3m先が見えない状況で登り続けたやっとロッジを探し当てました。しかし既にここ数日の間に降った雪と当日の吹雪でドア前の雪と氷でドアが開きません。4か所ほどの小屋を最後の力を振り絞り探しては開けようとしましたがどうしても開きませんでした。力尽きて寒い中ロッジの軒下でここで寝るしかないか。「君はまだ元気だから俺遺言かくから頼むわ」と冗談を言いました。そんなことしながらブルブル震えながらでも少し休むとまたどこか寝るところなないかと探していたらトイレを見つけました。結局そこで寝ることにしました。それでも最高の場所を見つけた気分でした。

しかし、私は既に高山病の症状が出ていて頭はガンガン痛いし、もともと少し不整脈系の持病もあったので既に脈が乱れていましたので不安もあるし。第一私達二人だけで誰もいなかったのですから、ブルブル身体が震えて寒くて仕方がない。

同僚が一人いましたので彼が食事を作ってくれたりいろいろ頑張ってくれたおかげで少しは落ち着いてきたもののダウンを着て肌にモンベルのヒートテック他にもあらゆる服を着て寝袋に入っても体がブルブル震えて寒くて眠れない。第一に山小屋で寝る予定でしたから保温マットも持ってきてなかったので、ガンガンに冷えたトイレのコンクリートの上に直接薄いシートの上に寝袋を置いてるだけだから強烈なコンクリートの冷たさが伝わってくるのです。 ついに意を決して座禅(クリスチャン的には腰を据えて祈りの心境)をして、自分にこう言いました「正明お前はこんな最大のピンチがメチャクチャ好きだろう。得意過ぎて武者震いするだろう。」そういうとなぜかニヤニヤした気分になりほらほら今に最高のアイデアが出るぞー」と思った矢先、「トイレのドアを外して床に敷いてやろう」と思いました。それで改めて見回すと掃除道具入れの収納が木で出来ていて引き戸だったのでトイレのコンクリートに敷くにはもってこいでした。これでコンクリートからの強烈な冷たさから解放され徐々に(それでも1.5時間ぐらい)やっと足の指先まで暖かくなってきました。

 

 一生懸命、必死になれば知恵は出るのもです。これもあのような状況の中自分に冗談言えたりした自分。 そしてその自分で言った冗談通り最高のアイデアがひらめいた勝利感。これの自分を極限まで追い込める状況があったからこそ経験できたことでした。 翌日は本当に雲一つない生涯で初めて見た美しい空でした。あの苦境を乗り越えたご褒美だな。と思いました。